1984年、“才女”Tran Thi Yenさんは大きなリュックを抱え、Con Dao島にやってきた。「まだ若いんだから、とにかく行ってみよう!」、島への移住を決意し、希望に満ち溢れた人々を乗せたその船が出港する数カ月前、1人の若者Vo
Thai Hoaさんも同じくここに渡っていた。同郷出身の2人はこの島で出会い、仕事の辛さがお互いの心を近づけ、そして愛し合うようになった。仕事以外の時間を利用して彼女は酒を作り、豚を育て、彼は友人らと共に小船で漁に出た。倹約して貯めたお金で2人は小さな事業を興し、1995年にはCon
Dao初の製氷会社Thai Binh 社を設立するに至った。1日143の氷塊製造からこの会社はスタートした。
また、Hoaさんの兄、Vo Minh Tanさんは1991年、弟が暮らすCon Dao島を訪れ、「なんてのどかな所だろう、ここは殴り合いや盗みとはまったく無縁だ」と懐かしさに溢れたこの島に魅力を感じ、妻とともに移り住むことを決心した。当初、彼は漁師相手に生活用水を売って生計を立て、その後は廃品回収のついでにココナッツの果肉を本土に売った。一方、彼の妻Pham Thi Ngaさんは小さな食堂を開いた。この兄夫婦は数年間で貯えた3,000万ドンあまりを、弟夫婦がThai Binh製氷会社を設立する際、資本金の20%として出資した。それから数年後、兄夫婦も思い切って自分たちの製氷会社を新たに設立した。仲間の漁師たちの「やってみろよ、俺たちも応援するからさ」という言葉に後押しされ、Phuc Hau社が誕生した。今では機械部品工場と日用雑貨店も経営し、製氷工場は1日800の氷塊を市場に送り出すまでに成長した。
Hoa Binh−Thanh Binh社のPham Van Son社長は生まれ育った土地で成功をおさめた。もともとはイカの仕入れを生業としていたが、“氷”が商売になると感じ、製氷業に鞍替えした。現在彼の製氷工場は1日に1,600もの氷塊を製造している。それだけではなく、彼はCon Dao島の中心部で台所用ガスボンベ等の小売も始めた。
Tran Phu通りにThu Tam社が経営する大型日用雑貨店がある。成功の秘訣について尋ねると、女社長のTran Thi Minh Thuさんは何も特別なことは無いという様子で、「幼い頃、私は母にくっついて市場に出て、野菜の球根を売っていました。市場で何か求められているものがあれば、私たちはそれを売りました。ただそれだけのことです」と語った。Thu Tam社は1日に6,000の氷塊を製造しているほか、水産物の仲買や、Ben Dam港での石油販売など積極的に事業を展開している。
Thai Binh社が誕生してから1年後、同社の氷塊製造数は1日475塊にまで伸び、そして現在は5,000塊にまで成長した。かつて“新天地での生活を夢見ていた女の子”は、海辺の豪邸で私たちを迎える“Yen社長”になったのだ。「最初のころは資金の工面に苦労し、私たち夫婦は必死の思いで節約して事業を成功させました。軌道に乗り始めてからも事業を拡大するために節約を続けていたのです。製氷業に乗り出すと決めた時は本当に不安でした。失敗したら何もかも失ってしまいますからね。ただ、Con Dao島の何百もの魚船が、氷を必要としていないはずがないと確信したのです」と彼女は回想した。
一方、Pham Van Sonさんは人々の暮らしを観察し、効果的なサービス事業の展開を模索した。「私の前に1人、台所用ガスボンベを商売にしている人がいたんです。ただ、そのやり方は効率が悪く、顧客がガスを使い切ってから彼がボンベを取りに来て、陸に持って行きガスを充填して運んでくるというもので、それまでの間、ガスのかわりに油を使わなくてはならなかったんです。Con Daoは森林伐採禁止地区ですから薪は使えませんし、油を使うと煙たいし、鍋が黒くなってしまうんですよね。皆ガスを必要としていたのです」と彼は話した。考えたら即行動、Sonさんはすぐに荷物をまとめVung Tauへ行き、仕入先を確保して市場をいち早く独占した。「実のところ、私は陸でのやり方を真似ただけです。ガスボンベを交換しに、島中の家を一軒一軒回りました」と彼は語った。
「あのころ私は2、3年したら他の人たちと同じように本土に戻るつもりでした。まさかずっと島で仕事をするなどとは思いもよらなかったんですよ」とYenさんは明かす。「私たち夫婦が今望んでいることはお金を稼ぐことではなく、子供たちを立派に育て上げることです。あの子たちの世代は知識が必要不可欠ですから」という。Yenさんと同様に、TanさんとNgaさんの夫妻もいつしかCon Daoを第二の故郷だと思えるようになっていた。「長女はもうすぐCan Thoで医学の勉強を終了するところで、下の子は観光学を学ぶための大学入試を控えています。私たちがあれこれ言ったわけではないですが、あの子たちは卒業したらここに戻ってくるつもりのようです」と夫妻は話した。
Hong Dung社は、ここ数年の間に水産物の運搬船3隻、製氷工場、Ben Dam港付近の大型日用雑貨店を経営するまでに成長した。Tran Thi Yen社長は「ヌクマム(魚醤)の製造も始めたんですよ」と宣伝した。朝夕惜しみなく働く彼らの勤勉さが、この島を生まれ変わらせたのだ。かつて、“この世の地獄”と呼ばれていたCon Dao島。そこには新天地に人生を賭け、チャンスを掴んだ人々が暮らしていた。
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