天秤棒を担ぎ街中を歩き回って廃品回収をしていた負傷兵Nguyen Van Hoanhさんは、この仕事で億万長者となった。そして、貧困から脱出し成功を収めたお手本として多くの人に尊敬されている。
1982年10月、Tay Namの国境地帯で2度の負傷のため復員したHoanhさんは、Vinh Long省の会社で農産物買い上げの担当を任されることになった。率直で正直な性格が社長に気に入られ、社長の末娘Bui Cam Hoangさんとの結婚の申し出をありがたく受け入れた。しかし、その真面目な性格が裏目に出て、社内で彼を煙たがる人が多くなった。彼自身もこのような環境が自分に向かないと判断し、退職届を出した。
結婚したばかりだというのに貯えもなく、Hoanhさんは生計を立てるため、あらゆる仕事についた。借金をして、ココナツの果肉を乾燥させる仕事、菅笠を編む仕事などをし、大晦日もみかんを売り歩き、働いた。ところが、何をやってもうまく行かず、借金は膨らむ一方であった。そこで、資金がほとんど必要なく、身体ひとつで何とかなる仕事はないか片っ端から聞いて回った。その答えは廃品回収の仕事だった。相談された妻は初め猛反対したが、一度やると言い出したら聞かない夫の性格に折れるよりほかなかった。自分たちがそのような “底辺”の仕事をしていることで親が恥ずかしい思いをしないよう、Hoanhさんは妻を連れて故郷を離れTra On県に移り住み、仕事を始めた。
毎日、天秤棒を肩に担いで廃品回収に歩き回り、買い取り業者へ持って行く。見知らぬ土地で困難だらけだった2人は知人の家に居候しなければならなかった。当初は仕事にも慣れず、得られる収入はごくわずかだったが、3年後には多少の蓄えができ、固定客もできたため、船を使って回収を始めた。1.5トン船を借り、妻と共に近隣の各県を流れる支流を回った。
しかし、川の上で長時間を過ごす生活はHoanhさんの健康を害し、気温が下がると肺の中に残ったままの銃弾の破片が彼を苦しめた。彼は「ほとんど毎日熱があり、妻は結婚記念のピアスまでも売って薬を買わなければなりませんでした。そんなある日、夜寝ていた間に船底に穴が開いて浸水し、船が沈没してしまったんです。何もかも失い、ふりだしに戻ってやり直さなければなりませんでした」と当時の様子を語った。さらに5年かかって、2人はレンタル船に別れを告げた。生活を向上させるため、貯金で7トン船を購入することにしたのだ。川の上での生活が長ければ長いほど収入も大きくなる。しかし、長男が誕生し、赤ん坊が病弱で川の気候に耐えられなかったため、愛する子供のために船を売却して、故郷に戻る決心をした。
故郷に戻ると、土地を買って家を建て、廃品回収所を開いたが、困難がまた次々と立ちはだかる。元手が少ないうえ、地元の老舗廃品業者との競争が激しく、客の信用もまだ薄い…。しかし、夫婦は、8年近くも客の信用を得るために地道な努力を続け、成功を収めた。
現在、彼の廃品回収所を毎日200人以上の回収員が出入りしており、経験年数に応じて300〜500万ドン(約200〜333ドル)の回収費を前渡しするため、そのお金だけでも10億ドン(約6万6,700ドル)近くになる。今年の初め、Hoanhさん夫婦は家を改築し、広くて美しい家を手に入れた。土地と家屋合わせて約20億ドン(約13万3,000ドル)だ。天秤棒を担いで廃品回収に歩き回っていた彼は、億万長者になったのだ。
「この仕事に出会って初めてお金の価値や人生の苦難というものがわかりました。苦労を経験したからこそ、貧しい人の心や願いというものもわかったんです」とHoanhさんは話す。彼は県のボランティア活動の中心的存在としても有名だ。また、自分の元で働く廃品回収員たちの生活にもよく気を配り、特に仕事を始めたばかりの人には、資金援助や仕事の手ほどきをし、廃品を高額で買い取り、時には厳しく、時には優しく接し、彼らが早く一人立ちできるように様々な面でサポートしている。廃品回収の仕事をする者の多くは、ギャンブル、ビリヤード、宝くじなどにのめり込みやすいため、Hoanhさんはこれまでの経験を生かして、仕事のやり方、貯蓄の仕方などをアドバイスし、「一生雇われの身で終わってはいけない」と助言している。その甲斐あって、ここ数年、彼の元で働く廃品回収員のギャンブルや酒盛りは半分に減った。
また、彼は毎年収入の一部を奨学金に当てている。家庭が貧しく、学校を辞めなければならない子供の話を聞くと、援助する手立てを探す。20年以上この仕事をしてきて、さまざまな人と出会い、苦労を共にしてきたこと全てが彼の人生経験となっている。彼は“信用が何よりも大切”ということをいつも心に留め、廃品回収員たちにも言って聞かせている。
現在、Hoanhさん夫婦は、素直で賢い2人の子供とともに幸せに暮らしている。上のHoa君は中学3年生、下のQuynhちゃんは小学校に上がったばかりだ。Hoanhさんは「もし妻がいなかったら、今日の私はなかったと思います」と言う。厳しい困難にぶつかった時、失敗の連続でもうたくさんだと思った時、辛いことばかりで全て投げ出したくなった時、妻は深い愛をもって涙を拭いつつ、理性を失ってはいけないと励まし続けたのだった。「家族と離れ、友人に対する劣等感を拭い去り、夫について天秤棒を担ぎ廃品回収をする決意をした時から、だれも私と夫を引き裂くことはできまいと思いました。どんなに辛くてもしっかり夫を支えていこうと心に誓ったのです」とHoangさんは胸の内を語った。20年以上もの歳月を経て揺るぎ無いものとなった彼女の愛こそが、夫Hoanhさんを億万長者に導いたのである。
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