「ベトナムの枯葉剤被害者に対し、米国は自身の人道的責任を果たさねばならない」。12月17日に開催された「ベトナムの枯葉剤被害者と共に行動する世界の友人の会」交流会で、長らく救済活動にあたってきたベトナム・イギリス友好協会Len Aldis会長は、こう発表を締めくくった。 これは、「ベトちゃんドクちゃん」で知られる被害者ドクさんが、Aldis会長を通じ米国の裁判所に宛てた手紙にあった言葉でもある。米国の化学薬品会社に対する枯葉剤被害者への補償請求訴訟は、2007年4月に再審が行われる予定だ。 ホーチミン市友好協会連合会が開催したこの交流会には、福祉団体代表や国内外の記者200名以上が集まった。その中に日本人、藤本文朗さんの姿があった。彼はNguyen Thi Ngoc Phuong医師との出会いをきっかけにベトナムの枯葉剤被害者の実情を知ってベトナムを訪問、被害を受けた子供達を支援している。 写真家中村梧郎さんは、1970年に初訪越、枯葉剤の恐ろしさを目の当たりにした。3年後にベトナムへ戻り、被害を写真に収めるようになった。被害を受けた母子の写真など、3万5,000枚以上にも及ぶ作品は、世界中で展示されている。交流会で中村さんは、「ベトナムが復興を遂げたのを見て、大変嬉しく思う」と語った。 Aldis会長は70歳を超えてなお、枯葉剤被害者のために戦い続けている。彼は以前から枯葉剤の存在は知っていた。だが強烈な印象を受けることになったのは、1989年の訪越だった。「Phuong医師が、枯葉剤の影響による奇形胎児の標本を保存してある部屋を見せてくれました。その時、何かをしなければと考えたのです」。そして、枯葉剤被害者の会(VAVA)が設立され、米国の化学薬品会社訴訟に関心のある人から署名を募るウェブサイト(petitiononline.com)を開設、サイトには世界中から、70万人近くの署名が集まっている。また彼は、米国大統領・裁判所、国連事務総長宛てに、今回の訴訟に対する意見書を送っている。 米国では越僑の教授Ngo Thanh Nhanさんが、ニューヨーク州でこの問題に関心を持つ人達のネットワーク「枯葉剤被害者に対する責任表明と支援活動」を取りまとめ、ベトナムの枯葉剤被害者への補償を求めている。「他国に攻め入った時、その国にどんな悪影響を及ぼすかアメリカは認識しなければならない。起こした被害に対する補償は、相手国の復興のためにも不可欠だ」とNhanさんは語る。2005年には、元米兵、米在住ベトナム人、社会活動家らとともにアメリカの10都市を巡り、枯葉剤被害者に対する補償救済を訴えた。 交流会には、枯葉剤被害者の代表として、My Quyenさん、ドクさんも参加した。My Quyenさんは両手の手首から先がないが、努力の末、師範大学のフランス語学科を卒業、現在は学校に勤務する。「小さい頃は、自分の不幸の原因が枯葉剤だとは知らなかった」。困難を乗り越え、今は同じ環境にある子供達を支えている彼女はこう語る。 また、18年前にベトナムと日本の医師による分離手術を受け、先日結婚式を挙げたばかりのドクさんは、「世界中の温かい支援のお陰で、今日のような日を迎えられた」と謝辞を述べた。
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