異文化について語ろうとすると、その国民性にまで言及することになるため、相手に不快感を与えることもある。かくいう私も「外国人から見た、ベトナム人の仕事に対する姿勢」について調査していると、彼らのあまりにも率直な意見に思わず反論したくなることもあった。
これまでベトナム人のビジネス文化については、ベトナムで商売をしたり生活している外国人の意見や、外国人の文化人類学研究者によるレポートなどがあるものの、科学的な研究は行われていないに等しい。
ベトナム人は他の人、特に遠方から来た人を喜ばせるのが好きであるという。そのため、ベトナム人はたいていどんな質問にも、「はい」、「大丈夫です」、「大したことではありませんよ」などの肯定的な返事をするのだが、実は答えた時点で、問題が何であるかを探っているところなのである。例えば、「来月の納期に必ず納品できますか?」との問いに「はい」と答えるのは、取引先との関係を円滑に保つために過ぎず、心の中ではどうやって納期に間に合わせるか解決策を練っている。一方、外国人が同じような状況に立たされた場合、まず解決策を準備した上で初めて「はい」と答える。ベトナム人はとりあえず「はい」と答え、どうするかは後で考えるのだ。
また外国人は、ベトナム人の(特に国営企業や国家機関の)仕事における責任所在の曖昧さにも驚く。問題が起こると関連機関をたらい回しにされるが、結局、責任を持って具体的に解決しようとする人は誰もいないことが分かる。公的機関に限らず、“皆の同意を得たい。はみだしたくない、孤立したくない”という文化がはびこっている。
外資企業の欧米人マネージャーたちは「ベトナム人職員が問題に直面した時の対処方法には納得できない」と口を揃える。ベトナム人は上司に相談して共に解決策を練るということをせず、何とか1人で乗り切ろうとして、失敗し、結局、仕事が遅れる。またベトナム人は他人に恥をかかせることを嫌い、なかなか率直に意見を述べない。権力のある人を尊重する傾向があるので、上司との関係を大切にする。一方、欧米人は仕事上の関係と個人的な関係をはっきりと区別する。彼らは仕事中に部下を厳しい言葉で叱責したとしても、会社の外で偶然会ったら楽しく会話したりするのだ。ベトナム人はこの2つの関係を1つにしてしまうので、人間関係を築くうえで合理的ではないと言えるだろう。
個性を尊重すると言われる欧米人と比べ、集団を尊重するベトナム人の方が大勢の人が共に取り組むプロジェクトの成功率が低いのは驚くべき事実である。ベルギーの経営管理機関の講師を勤めるPaul Pilavachi博士によると「集団性の高い人々は、組織で何かをしようとするときにも一番の重要事項は“皆が同意すること”であり、メンバーの調和を図ることを最優先にします。この行為が仕事を遅らせ、時には本来の目的さえ見失う結果となるのです。一方で個性を尊重する組織では、一緒に仕事をしていても最終目的は“組織の仕事が成功すること”であり、組織内の人間関係はさほど重要視されないのです」と言う。
ベトナム人は「アメリカ人は個人を尊重するあまり我が強過ぎる」と考えており、アメリカ人が「ベトナム人はどうしてはっきり物を言わないんだ。うわべのことをペラペラしゃべってばかりで、解決すべき問題に立ち向かおうとしない」と批判されても驚きはしない。実際、ベトナム人は、アメリカからやって来たビジネスパートナーの理屈に説得されたわけではなく、内心「人生はそんなにシンプルじゃないんだよ。どうせ言っても分かってはもらえないだろうし、とりあえずうなずいておくか」と思っているのだ。
契約締結の場においても、ベトナム人は自分の契約相手に対する印象を信じ、取引の大まかな部分のみを見て詳細にまで注意を払わない。一方外国人はというと、それまでに取引先と良い関係を築いていたとしても、交渉の際には必ず弁護士を同行させ、歯に衣着せず討論しようとする。このやり方にベトナム人はショックを受け、「自分たちは相手を信頼しているのに、なぜ彼らからは信頼してもらえないのだろう」と感じるのだ。会議やセミナーの席で、理解が不十分であったり納得がいかない時でもベトナム人はたいてい沈黙する。“衝突したくない”、または“難しい立場に追い込まれたくない”という心理からこのような態度をとるのである。
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