5月23日、在ワシントンベトナム通信社駐在員事務所に1通の手紙が届いた。1964〜1975年のベトナム戦争中に米軍が散布した枯葉剤による被害者に対し、「多くを失いながらも、必死に闘い続けていることをもっと世界中に訴えるべきだ」と呼びかける内容であった。それ以前にも、イギリス・ベトナム友好協会は3月19日までに集められた1万5,000人分の署名を提出し、枯葉剤の被害者に対する賠償金の支払いを米国側に求めた。戦争は過去のものとなったが、戦争がこの国に残した傷跡はあまりにも大きすぎる。全国で500万人近くがダイオキシンの影響を被っているが、枯葉剤の被害者は100万人以上で、その半数近くは子供たちだ。
Quang Tri省の村々へ続く道には、戦争の悲しみを歌った“なぜあの子は死んでしまったの”がどこからともなく響き渡り、道行く人をはっとさせる。―あの子は殺された 枯葉剤で殺された―。Quang Tri省では約3,000人の児童が枯葉剤の後遺症に苦しみながらも必死に生きている。障害を負った子供たちを目にすれば、誰もが胸を引き裂かれる思いになる。
先日Quang Tri病院で、帝王切開手術を終えたばかりのMinh Quang医師から電話があった。病院に駆けつけると、「かわいそうに。初めての子が重度の奇形だとは…」という話し声が聞こえた。分娩室に入ると、父親となったばかりの男性が座ったまま顔を手で覆い、声を殺して泣いており、母親は赤ん坊を見て、自分が生んだ子だとは信じられずに呆然としていた。女児は、頭蓋骨がなく脳の大半が頭の外にはみ出していた。祖父が以前、枯葉剤の被災地で暮らしたことがあり、この赤ん坊は3世代目にあたる。
翌朝、別の女性が3キロの男児を出産したが、前日の女児と同様の奇形児だった。頭蓋骨がない小さな尖った頭は見るに堪えない。病院で産婦に付き添っていた姑は、「妊娠してからあの子、よくお腹の一部が痛むって言っていたんだよ。でも、まさか奇形だったなんて…」と声を震わせ泣いた。
それ以前にも、やはりこの病院でCam Lo県に住む産婦が手足が4本ずつある男児を出産したことがあった。家族は家財道具を売り払った金を、赤ん坊の治療費に充てた。医師は、Quang Tri病院では奇形児の出産はごく普通のことだという。
資料によると、1963年以降に戦場となった北緯17度線以南に米軍が散布した枯葉剤は合計7,200万リットルに上るという。1968年に発表されたQuang Tri省のある資料には、“米軍機からCam Lo県に集中的に散布された毒物により、1,500haに渡る森林および農作物が枯れ果て、2,000人近くの人々が猛毒による被害のため死亡した”とある。Dong Ha地区に住むある被害者の父親は「1970年あの子が生まれてすぐ、枯葉剤にやられていることが分かりました。ハノイのE病院のカルテには“化学物質による先天性四肢奇形”と書かれていました。もうすぐ30歳になりますが、あの子はまだ幼児のようです」と話す。被害者の母親は、1968年に枯葉剤に汚染された井戸の水を飲んだ直後、体中に痒みを感じて嘔吐した後、失神したという。その2年後、彼女は障害を持つ赤ん坊を出産した。
Cam Lo県のKa Ron丘のふもとを訪れると、頭がよじれた子、手の曲がった子、知能障害の子、言語障害の子、「アーアー」という声しか発せられない子など様々な障害児を腕に抱いた何十人もの母親が、助けを求めて押しかけて来た。枯葉剤被害者の子供たちを救援する団体が来たと思ったのだという。ある女性は「Ka Ronを初めて訪れたとき、この地は長いこと旱ばつに見舞われていたかのように黒く焼け焦げ乾燥していました。それが枯葉剤のせいだなんて知る由もなく、ここに定住することに決めたんです。事実を知った時には、もう手遅れでした。3人産んで、3人とも奇形児でした。1人はもう死んでしまいましたけれど」と涙ながらに語った。
Ka Ron丘の西側へ移動し、Cam Nghia村の民家を訪れると、母親は子供を指しながら、「ほら、人間じゃないみたいだろ? 3人子供を産んだけど、1人は毒が強すぎて死んじゃったよ」と言った。
Cam Lo県人民委員会のNguyen Cong Phan副委員長は、「Cam Lo県ほど子供への被害がひどい所はないですね。枯葉剤を散布された土地に産まれた子供たちの命や人生は儚いものです。2000年までの奇形児出産は、Cam Lo県だけで654件にもなります。この数字からも、ここでの枯葉剤による被害の大きさをお解りいただけるでしょう」と述べた。
ベトナム赤十字Quang Tri省支部のTran Thi Thi支部長は、「1999年に労働傷病兵社会福祉省が行った調査のデータによると、全省で3,000人の児童を含む1万5,000人以上が枯葉剤の被害者であり、うち8,238人は何の福祉サービスも受けていないのです」と述べた。同省赤十字協会は各地で募金運動を行い、被害者の救援費に充てている。Thi会長は、「募金や寄付金だけでは、枯葉剤被害者の家族に対する救援費は到底賄い切れません。数十年にも渡り2人も3人も障害児を抱えている家庭もあり、彼らが費やした金銭と労力は計り知れません」とため息混じりに話す。この土地における被害者の家族は、毎日の食事もままならない状況に置かれている。Thi支部長自ら現状を把握しようと家々を回り調査したところ、どの家も1粒の米さえ残っていなかったという。Cam Nghia村に住むある老女は、70歳を過ぎた今も苦しい生活を送りながら障害を持つ子供の面倒を見ている。彼女の子供は全員が枯葉剤の被害者で、1人は重症で亡くなった。あとの2人は脳に障害があり、発作が起こる度に絶叫し、もがき苦しみながら暴れまわる姿はあまりにも痛々しく、涙を禁じ得ない。
ベトナム赤十字Quang Tri省支部は、国内外の団体および個人から寄付金を募り、豚や鶏などの家畜飼育資金として被害者家族に貸し付けを行っている。Thi会長によると、既に286家族が利用しているという。また、米国赤十字の援助により、農家の被害者に住宅40軒を建築、130家族には家畜飼育用に250万〜400万ドン(約167〜267ドル)を貸付けるというプロジェクトが実施された。ベトナム赤十字Quang Tri省支部は全力を尽くしてはいるものの、ごく一部にしか行き渡っていないのが現状だ。
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